古池や蛙飛び込む水の音

意識 0 小林拓弥(合気道家)

武道の指導の現場では「氣」や「上丹田・中丹田・下丹田」など抽象的な言葉が現れますが、
そういうところに胡散臭さを感じてしまう人は一定数居るのではないでしょうか。
氣は目に見えず、丹田は医学的には存在しない場所なのでそういう印象を受けるのも仕方ありません。

「古池や蛙飛び込む水の音」と聞くとどう思うでしょう。
ほとんどの日本人であれば新緑に覆われた荘厳な雰囲気の日本庭園のような情景が思い浮かぶと思います。
詳細な説明なしに、「古池」「蛙」「水の音」の3要素によってそれだけの映像を脳内で再現できるのです。

人は言葉を介して物事を解釈します。武道では高度な身体操作をおこなうため、既存の言葉によって動きを全て正確に伝えることは困難です。
無理やり言葉に落とし込もうなら、言葉という枠組みに固定されてしまい、言葉で表せない部分がそぎ落とされて伝わってしまいます。

そこで「氣」や「丹田」などの抽象的な言葉や表現によって、間接的にでもより高解像度に情報を伝えようと努力しているのでしょう。
言葉の上では矛盾しているようであっても、意識を変えることによって体の動きが変わり、結果的に技が昇華します。

言葉は情報を伝えるための道具でしかありません。上面の言葉に惑わされずその根本にある情報を理解することが重要です。
抽象的な概念を抽象的なままにとらえることと、理解しようとする努力が大切だと思っています。